「人間ドック学会、健康基準を緩和」は本当か?

2014年4月20日日曜日

 今週、外来診療をしていて、何人かの方から「最近、高血圧の基準が高くなったらしいですね?」との質問を受けました.私はそのような認識がなかったので、診療が終わったあとインターネットで調べたところ、日本人間ドック学会と健康保険組合連合会が血圧の基準値を発表し、「血圧や肥満度などについて健康診断や人間ドックで『異常なし』とする値を緩めると発表した」とマスメディアが報じたということを知りました.

 結論から言えば、このような基準値は医学的に意味はなくこのような基準値を発表する事自体が反高血圧治療キャンペーン、もっといえば医療費削減キャンペーンの一環だと私は考えます.

 以下、上に書いた結論の私なりの解説をしたいと思います.

 ここでまず基礎知識として、一部の二次性高血圧症(血圧を上げる明らかな原因がある高血圧、全体の1割以下)を除き、高血圧症の大部分を占める本態性高血圧症(明らかな原因が見いだされない)は病気ではなく、血圧が高い状態の方をそう名付けているという事です.これを身長に置き換えてみれば、「高身長症」というようなものです.

 それでは一般の病気と、高血圧、高身長とはどう違うのでしょうか?

 例えば肝臓の指標であるGOT, GPTなどで考えてみましょう.横軸に検査の数値、縦軸に患者の数をとり、グラフにすると検査値の分布は図1のように2つの山になります.すなわち左側の山の病気のない群と右側の山の病気を持っている方に分かれます.(多少中央部分は重なりを持ちますが)

 図1

 一方、血圧ではどうなるかというと

 図2

 図2にご覧の通り1つの山になります.

 いろいろな検査値についていわれている基準値というものはどういうものなのでしょうか?

 図3

 図3は図1の左側の正常群の山だけ取り出したものとお考えください.この図で示すように正常者の検査値の平均値を中心に95%のとる数値(平均値±2x標準偏差SD)を基準値と読んでいます.つまり基準値から外れるという事は他の人とはかなり違った値である事を示しています.これは図1で示すような肝臓の病気などのように分布が2つの山になるような疾患では、正常群の中の一番右側のはずれの2.5%の人はむしろ正常群の山に入るのではなく、疾患群の山に入るのではないかということを疑う訳です.つまり、2つの山のどちらの山に入るのかを判断するために基準値が用いられる訳です.

図1 再掲

一方、血圧、身長でこのような基準値を持ち出しても,外れた人が別な疾患群という山に入る訳ではなく一つの山の中にいる訳ですからなんの区別をする必要もなく、単に、他の人より並外れて血圧が高い、身長が高いというだけで、医学的には何の意味も持ちません.身長2mのバスケットボール選手をだれも病気とは言わない訳です.

 それでは現在用いられている高血圧の基準というのはどのようなものなのでしょうか?

 図4

 図4は久山町という九州にある町の住民の血圧値とそれぞれの血圧値の方の脳梗塞の発症率をグラフにしたものです.このグラフをよく見ると男女ともに血圧が140を超えると脳梗塞の発症率がそれ以下の方の倍以上に高くなることが判ります.その他多くの血圧の研究で高い血圧値と脳、心臓、腎臓などの病気が増える事が示されています.

 また、そのような血圧の高い方をお薬で血圧を下げるとそのような病気を減らす事ができる事が示されています.

 このような医学的な事実の積み重ねから高血圧治療が成り立っています.

 図5

 それでは高血圧の基準はどのように決められているかという事ですが,図4の久山町の研究、図5にはNIPPON DATA80という研究の結果を示しました.図4の久山町の結果を見ると140くらいから危険が急に増えるように見えますし、図5の若年者では160くらい、75歳以上では120から危険が高くなるようにも見えます.

 ですからどのレベルから高血圧に対するお薬の治療を開始するかは客観的に明確にいくつというのは難しい問題です.つまり、降圧治療を始める血圧レベルを低くすれば脳梗塞の発症数は下げられますが,薬を飲まなければならない方の数は多くなり、ひとつの脳梗塞を防ぐために必要な高血圧治療患者数は大きくなり、医療費はかさむことになります.また、治療開始の血圧レベルを高くすれば医療費は節約できますが,本来高血圧治療をしていたら脳梗塞の発病を防げたはずの人数が増えることになります.

 そのような中で,どの程度の血圧から治療を開始する事が医学的に妥当かというところから現在の140という基準が設けられている訳です.

 以上のような訳で今回の人間ドック学会の示した基準値というのは現在病気を持っていない方の中である血圧値のというのが5%以下の少数派なのか95%の多数派なのかを知るという意味しか持ちません.別に将来の病気の発症、危険ということについて何も言っていません.これは人間ドックの身長欄に基準値をつけるのと同じようなものです(実際には身長欄に基準値は書かれていないと思いますが).

 これ以上血圧が高いと病気の危険が高くなります、あるいは血圧をそれ以下に下げると病気が減らせますという高血圧学会の高血圧の基準に対して、これからの病気の発症の事は考えず、単に現在、病気のない人の血圧値は95%の人はこの範囲に入りますよという人間ドック学会の基準値をもってきて、あたかもそれが高血圧治療の基準の代替になるかのような発表、報道は言語道断だと思います.

 このことを肺がんに例えていえば、現在、肺がんのない方の喫煙本数の分布を持って来て、95%の方が入る範囲を持って、その本数まではタバコを吸っても大丈夫ですよと言うようなものです.

 皆様に置かれましては医学的には全く意味のない数字に踊らされる事のないよう切に希望いたします.

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