心臓画像クリニック飯田橋に行ってきました

2010年8月22日日曜日

これまで当院で心臓のCT、MRI検査の必要な方を紹介させて頂いており、大変お世話になっている心臓画像クリニック飯田橋の内覧会があり、今日、行ってきました.
まず、はじめに心臓のCT、MRI検査というと皆さんは、私も受けたことがある、あるいは、どこの病院でもCT、MRI装置があるではないかとお思いになるかと想像します.確かにCT、MRIの装置そのものはたいていの病院にあります.しかし、心臓のCT、MRI検査となると、心臓は常に動いておりますので、きれいな画像をとるためには、最高の性能の装置、最高の解析が必要となり、これはなかなかどの装置でも、あるいはどの病院でもできるというものではありません.
心臓画像クリニック飯田橋はそうした、心臓に特化したCT、MRI検査の施設としては日本で初めてという施設なのです.
クリニックに着いて、まず第一に寺島院長、小山先生とご挨拶をして、両先生ともに大変フランクでソフトなお人柄で、大変いい感じを受けました.挨拶もそこそこ早速、診察室のワークステーション上でCTの生の撮像データから冠動脈がわかりやすく見えるようになった解析結果までの実演をして頂きましたが、生データからおそらく1分以内に三次元画像が現れ、更に三次元画像上のそれぞれの冠動脈をクリックすると、その曲がりくねった冠動脈が一直線にまっすぐに伸ばされてどこが正常でどこが狭窄しているのかがはっきりと表示されるのにびっくりしました.私が、5年ほど前、日大駿河台病院の佐藤先生に冠動脈CTの撮影、解析を見せて頂いた頃は撮影した生データから冠動脈を起始部から順に末梢の方まで何カ所もクリックしてコンピュータに冠動脈である部分を指定してあげて初めてストレッチ画像ができましたので解析にはかなりの時間がかかっていましたが、解析ソフトの進化は想像以上でした.
次にMRIを見せて頂きましたが、胸と背中にディテクターを着けて撮るというのも初めて見ました.MRIの画像も大変きれいで、心筋の造影される様がくっきりと見え、心筋疾患(心臓の筋肉の病気)、心筋虚血(冠動脈の狭窄などにより心臓に血液が十分に行き渡らない状態)の検出にPETと同程度の感度、特異度ということで、今後、虚血の評価が必要な方にMRIを積極的に取り入れていこうと思いました.
これまで心臓CT、MRI検査というとどうしても限られた病院でしか検査ができず、検査を受ける方にとっても、私たち開業医にとっても依頼、外来受診、検査、結果の外来、その後にやっと我々に結果が届くということで通院回数、結果が出るまでの時間という点で不満がありました.しかし、寺島院長の情熱により、日本初の心臓専門の画像クリニックができ、検査の必要な方にとっても、私たち開業医にとっても簡単に検査依頼ができ、2-3日のうちに結果が出るということで、検査が本当に身近になり、恩恵がもたらされました.
これまでは入院して冠動脈造影でしかわからなかった冠動脈の解剖がほぼそれと同程度に入院をする必要がなく、痛い思い、あるいは安静を保つなどの苦痛もなく手に入るということは、特に虚血性心疾患の方、川崎病による冠動脈後遺症のある方、心筋疾患の方などにとっての最大の朗報だと思います.

伊藤博文について

2010年5月16日日曜日

 今回は「伊藤博文 知の政治家」(瀧井一博著 中央公論新社刊 中公新書2051 ISBN 978-4-12-102051-2)について書いてみようと思います.
 伊藤博文というとかつての千円札の肖像でおなじみで、初代内閣総理大臣ということは誰でも知っていますが、実際に何をした人なのかとなると、意外と知られていないのではないでしょうか.実際、2009年は彼の没後100年に当たりましたが、私の知る限り伊藤博文がマスコミで取り上げられるということもありませんでした.
 この本は新書というよりは、研究発表のような本なのでよくも悪くもかなり手応えがありました.これまで、私は伊藤博文を「遊び人」で、大久保利通の作り上げた官僚制度を堕落させた張本人のように思っていました.また、長州出身であるので、藩閥政治の一派と勘違いしていました.しかし、実際には、藩閥政治に対抗し、また、急進的な政党内閣論者とも一線を画する漸進的な方法で民主主義を目指していたことが明らかにされています.
 彼の考えのキーワードは「国民の知」、「シンクタンク的性格の政党」、「個別の利害の代表者としてではなく、国民全体の利害の代表者としての議会」、「党利党略ではなく、公正な内閣」ということになります. 
 「国民の知」とは、国民の知的水準が高く、法によってその権利、限界が示されている文明国家であること、国民は実学により冨を生むことにいそしむ一方、政治にも関心を持ち国家の統治をチェックし方向付けるということ.
 「シンクタンク的性格の政党」とは政党は知性を持った国民の代表者を糾合した組織で、国民の考えを政府に伝達し、政策知を検討し、その実現をめざす今で言えばシンクタンクのような性格であり、いたずらに党利党略に走ったり、勝敗を競うようなことはいけないということ.
 「個別の利害の代表者としてではなく、国民全体の利害の代表者としての議会」とは、各地域、あるいは職能の代表として選ばれた議員も、一旦議会に赴けばそれを忘れて国民全体の利害で動かなければならないということ.
 「党利党略ではなく、公正な内閣」とは、いかなる政党が政権をとっても、政党に関係なく人事を行い、公平な政治を行い、国民の生活、国の利害のみに関心を持たなければならないということ.
 現在の政治状況に眼を向けると、国民(そしてマスコミ)、政党、議会、内閣いずれのレベルでも伊藤博文が目指したレベルは実現されていないことがとても寂しく思われます.このような状況であるからこそ、もう一度、伊藤博文に眼を向けることは意義があることと思います.

薬剤溶出性ステント植え込み後の二重抗血小板薬療法の期間は?

2010年4月22日木曜日

Duration of Dual Antiplatelet Therapy after Implantation of Drug-Eluting Stents

April 15, 2010 N Engl J Med 2010; 362:1374-1382

 現在薬剤溶出性ステントが全盛ですが、1年までは抗血小板薬2剤を用いることになっております.しかし、その後に関してはどうなのかよくわかっておりません.私の周囲の動向を見ると1年を過ぎた後も2剤を使い続けている場合が多いように見受けます.
 今回のNew England Journal of Medicineの論文では2701人の薬剤溶出性ステント植え込み後1年を経過した患者をアスピリン+クロピドグレルとアスピリン単独群に分けて19ヶ月間、心筋梗塞および心臓死をプライマリーエンドポイントとして観察しました.
 その結果、アスピリン+クロピドグレル群で1.8%、アスピリン単独群で1.2%がエンドポイントに到達しました.一方、ステント血栓症の発生には有意差は認められませんでした.つまり、薬剤溶出性ステント後1年を超えて抗血小板薬を2剤使ってもステント血栓症は減らせず、かえって心筋梗塞、心臓死の危険が増加したという結果に終わりました.
 現時点では、抗血小板薬2剤を1年以上使う根拠はなさそうですね.

心房細動の心拍数はどの程度で良いのか

2010年4月22日木曜日

Lenient versus Strict Rate Control in Patients with Atrial Fibrillation

April 15, 2010 N Engl J Med 2010; 362:1363-1373

 先週のNew England Journal of Medicineに心房細動の心拍数コントロールに関する興味深い論文がありました.
 心房細動の場合、従来、先輩の先生方から安静時で50台にコントロールと教わってきました.しかし、外来でいろいろな方を拝見していますと、結構速い心拍数であっても何も問題なく経過している方を多く見受けます.症状もなく心拍数の速い心房細動患者を、本当のところはどうしたらよいのかなのかと思っていたところに、今回の論文が一つの回答を示してくれました.
 この論文では安静時の心拍数を80未満にする厳格コントロール群と110未満とする寛大コントロール群について、心血管死、心不全による入院、脳卒中、全身塞栓症、出血、致死性不整脈の発症がどうなるかを見ています.
 その結果は、厳格コントロールでも寛大コントロールでもいずれの事象の発生にも有意差がなかったという結果でした.
 実際に自覚症状もないのに徐拍化のための薬剤を投与するのにためらいを感じていましたが、これで投薬しなくても良い一つの裏付けが得られたと思います.

IKEAに行きました

2010年2月21日日曜日

 CD、DVDがあふれてしまったので、整理をする収納家具を探しに、船橋のIKEAに行きました.
 首都高を順調に湾岸線に進み、現地につくといきなりスウェーデン国旗のブルーとイェローの大きな倉庫のような建物が目に入り、表示に従って駐車場へ.車を降りてエレベータで1Fに行くと、いきなりスーパーのようなキャッシャーとその奥に大きな倉庫スペースがあります.そこで買い物をするのかと倉庫に行きましたが、そこは箱詰めされた家具が整然と並んでいるものの、何をどういう風に探して良いのかわかりません.お店の方に聞いてみると、まず2Fのショールームを見て、欲しいものの番号をメモしなさいとのこと.
 2Fに上がると、いろいろな家具がいくつものコーナーにそれぞれのコンセプトで展示されていて、いくつもの部屋を順路に沿ってちょうど美術館の絵を見て回るようにぞろぞろと歩き、気に入った家具の品番、1F倉庫の棚番号をメモしながら進みます.ちょうど1つのコーナーがカタログの1ページのようになっています.展示が洒落ているので、家具のテーマパークのような趣です.ショールームを一回りするのには1時間以上かかり、喉が渇くとそこにはドリンクコーナーがあり、更に進み、おなかがぺこぺこになったところでレストランが待ち構えています.
 レストランはカフェテリアスタイルで、好きなものを順にトレイに載せて最後にとった分を会計し、それをテーブルに持っていって食べるわけです.料理はスウェーデン料理ということで酢漬けの魚、サーモンのマリネ、スウェーデン風ミートボール、トマトのペンネ、ローストチキン、各種デザート、ドリンクバーなどが揃っています.ミートボールにクリームベースのソースとジャムをつけて食べるのがスウェーデン風のようです.サーモンのマリネも美味しいです.子供連れの家族のために、子供用のメニューも揃っています.
 家族でショールームやレストランの料理について感想を話しながらの食事が終わって、1Fにおりると、そこには今レストランで食べた料理の食材が並んだコーナーがあり、早速それを買い込み、今度は2Fでメモした家具を倉庫から選び出し、ワゴンに1つ1つ載せていきます.かなり広いスペースなので1つの品からまた次の品の場所へと次々に歩くので、結構な距離になります.キャッシャーに並び、会計を済まして、今度は配送の手配の列に並び、手続きを済ませ、品物を渡してようやく買い物は終了.やっと買い物が終了したところに、再び、ホットドッグやソフトクリームの誘惑が待ち構えています.
IKEAは家具売り場をテーマパークに仕立て上げ、値段も安く、子供連れに対する配慮もされており、また来てみたいと思わせる店でした.

モーリス・ラベルそしてハロルド・ロイド

2010年2月14日日曜日

本日はもう一つYouTubeの動画について書きます.

モーリス・ラベルの「ハイドンの名によるメヌエット」は1909年、ハイドンの没後100年を記念してパリの音楽雑誌SIMが6人の作曲家に作曲を依頼した、その内の1曲として作曲されました.「ハイドンの名による」というのはアルファベット表記でそれぞれの文字を音名として読んだ時に(例えばAはラ、Bはシ、Cはド、Dはレ、Eはミ、Fはファのようになりますが)HAYDNはシラレレソ(Yは25番目で4周目のレ、Nは14番目で2周目のソとなります)と読めますのでシラレレソというテーマで曲が始まります.ラベルは私の最も好きな作曲家ですが、その中でもベスト3に入る曲です.
この曲に合わせた映像がこの動画のミソになるわけですが、なんと映像はハロルド・ロイドの1924年の映画「猛進ロイド」( 原題Girl Shy )の一場面です.(ハロルド・ロイドは現在でも眼鏡のフレームにロイド眼鏡として名前を残す、アメリカの喜劇俳優です.)
ある時、列車の中で偶然に出会い、お互いに一目惚れしたハロルドとマリーですが、それっきり離ればなれになっていました.ところが、ある日、橋の上と、橋の下のボートの上でお互いのことを思っている二人が、思いがかない、再開する場面です.
モーリス・ラベルの控えめで上品でそしてロマンティックな音楽とヴェルナー・ハースの演奏、そしてハロルド・ロイドのシャイなキャラクターが、意表をつきながら実は映像と音楽としてぴったりとはまる、絶妙な組み合わせのセンスあふれる動画です.

楽譜は以下のリンクでご覧ください。 https://imslp.org/wiki/Menuet_sur_le_nom_d’Haydn_(Ravel%2C_Maurice)

ヒラリー・ハーンそしてサミュエル・バーバー

2010年2月14日日曜日

前回に続いて、最近YouTubeで見つけた動画について書きたいと思います.
今回は、サミュエル・バーバーのヴァイオリン協奏曲の第3楽章をヒラリー・ハーンが演奏したものです.

バーバーは20世紀のアメリカの作曲家ですが、弦楽四重奏曲第1番の第2楽章のアダージョが独立して『バーバーのアダージョ』として弦楽合奏で演奏され、一番有名で、テレビなどでも使われることが多いので、皆さんもどこかで耳にしているはずです.
この動画は曲に合わせて楽譜が表示されます.バーバーの楽譜は著作権が保持されているため、IMSLPにも楽譜はアップされておらず、貴重です.
とにかく一度御聞きいただければと思いますが、種明かしをしてしまうと、曲の95%まではずっと3連苻のリズムが続きます.つまり音符の基本単位は4分音符の1/3、すなわち全音符の1/12と言うことです.それが最後の最後の終結部で16分音符(全音符の1/16)のリズムに突然変わり、終曲まで疾走します.聞いて頂けるとお判りになると思いますが、初めからヴァイオリンがずっと走り続けているのですが、最後の最後で突然ギアチェンジして猛スピードでゴールに飛び込む、その疾走感が聞き物です.ヒラリー・ハーンは若手の女流ヴァイオリニストですが、ヴァイオリンを演奏する技術はこれまでも抜群だと思っていましたが、この曲の演奏は予想を遥かに上回り、初めて聞いた時は、本当に度肝を抜かれました.おそらく、クラシック音楽を聴いたことのない方でも、ある意味スポーツ的な快感、爽快感を感じられるのではないかと思います.
是非ご一聴下さい.

フィリップ・ヒルシュホルンそしてギヨーム・ルクー

2009年12月14日月曜日

久しぶりの更新となりました.
久々の何も用事のない日曜日、YouTubeでヴァイオリンの曲をザッピングしていると、Philippe Hirshhorn(1967)というタイトルに目が止まりました。(現在、YouTubeではこの動画が見ることができませんので、Dailymotionのものをご覧ください。

これまで聞いたことのないヴァイオリニストでもあり、一応は眼を通しておこうと思って見てみると、これがとても素晴らしいヴァイオリニストで驚きました.こんな素晴らしいヴァイオリニストがなぜ有名でないのだろうかということ不思議に思いましたのでネットを検索をしてみてもあまり情報がありません.ごくわずかな情報では、彼は1946年ラトヴィアに生まれ、1967年のエリザベート王妃国際コンクールで第1位となり、その時にクレーメルが3位であったということ、そして1996年に50歳で亡くなったということしかわかりません.ビデオを見ると、私が審査員であったとしてもクレーメルよりも絶対に上位にすると思える素晴らしいバガニーニの協奏曲の演奏でした.(私は本当のことを言うとクレーメルのヴァイオリンはあまりヴァイオリンとしての美感がなく、好きではないので、この時の審査結果にさもあらんと妙に納得しました.)チェリストのミーシャ・マイスキーのヒルシュホルンに対するコメントでは、彼の到達点があまり高すぎてしまい、自分自身その高みを維持することの困難の故にだめになってしまったというようなことを語っていました.ヴァイオリニストが才能を順調に伸ばし、大成し、そのレベルを維持してゆくことがとても困難であることはこれまでもマイケル・レービン、ヨーゼフ・ハシッド、ボリス・ゴールドシュテイン、クリスチャン・フェラスなど数々の例がありますが、フィリップ・ヒルシュホルンもまたその中の一人であったわけです.
ヒルシュホルンの演奏を順に聞いていくと、どれも素晴らしい演奏なのですが、特にルクーのソナタが素晴らしく、おすすめの一曲です.

Philippe Hirshhorn playing Lekeu Sonata II Mov Part.1
Philippe Hirshhorn playing Lekeu Sonata II Mov Part.2

楽譜はこちらです.

 http://imslp.info/files/imglnks/usimg/c/c7/IMSLP21373-PMLP49310-Lekeu_Violin_Sonata_Piano_score.pdf

あまり知られていない作曲家ですのでルクーについても一言触れておこうと思います.
ギヨーム・ルクーは1870年ベルギーに生まれ、フランク、その後ダンディの弟子となり、100曲あまりを残しましたが、惜しくも24歳の若さで腸チフスのため世を去りました.ルクーの曲は聴いてすぐにわかる美しい旋律からフランス系の作曲家とわかりますが、ほの暗いロマンがフランスよりもやや北方のベルギーということになるのでしょうか.いずれの曲も私の好みにぴったりです.ヴァイオリンソナタは同じベルギー出身のイザイの委嘱で作曲されておりますが、同じくイザイから委嘱された弦楽四重奏曲が未完に終わったのはかえすがえすも残念なことです.どんなにか素晴らしい曲になったことかと思います.
ヒルシュホルンによるルクーのヴァイオリンソナタは2人の悲劇を映し出すかのように美しく、甘くそしてちょっぴり?暗く響きます.冬の夜長に是非ご一聴を.

Only The Lonely

2009年11月1日日曜日

中学生の頃だったでしょうか、私のいとこからFrank Sinatraのアルバムを教えてもらいました.シナトラは声に何とも言えぬ男の年輪を感じさせ、選曲も全て名曲ぞろい、その上、Nelson Riddleの編曲がとても叙情的でその上に非常に凝っていて、一回でお気に入りとなりました.このアルバムは1958年に制作され、SinatraのCapitol Record時代の代表作、あるいは生涯を通しての代表作と言っても良いと思います.
最近、ちょっとした時間がある時にYouTubeを見て普段なかなか目にすることのできない映像を見て楽しんでいます.YouTubeの一番優れているところは、関連動画がすぐ下にリストアップされるので、同じ曲をいろいろな演奏者ですぐに聞き比べができるところだと思います.
先日、このアルバムの中でも特に好みの一曲One For My BabyをYouTubeで聞いていました。

Frank Sinatra

すると、関連動画の中にFred Astaireのオリジナルのバージョンが見つかりました.

これは、1943年の映画 The Sky’s the Limit(邦題 青空に踊る)の中の10分ほどの一場面ですが、このオリジナルバージョンはSinatraのものと比べるともっと明るく、軽く、粋で、この曲をSinatraあるいはRiddleがああいう風にしたのかと思うと編曲の力を知ることができると思います.
このAstaireの動画は歌も良いのですが、なんと言っても踊りのシーンが必見もので、Astaireの踊りというととても洒落ていてスマートで優雅な面を思い浮かべますが、彼の踊りの豪快な一面も伺い知ることのできる場面だと思います.お暇な時に一度ご覧になって下さい.

本当に健康を守るのはどのような食事か

2009年9月16日水曜日

 今日は、城北公民館で健康と食事の講演を行いました.鳩山氏が首相指名を受けるその時間でしたが、多くの皆様に足を運んで頂き、本当に有り難うございました.
 質問では食事と高血圧のことがありました.本日の講演ではその点については触れませんでしたが、また、機会を改めてお話ししたいと考えております.
 下のファイル名をクリックして頂くと、スライドショーが別ウインドウに表示されます.サイズが大きいため時間がかかりますが、じっと我慢して下さい.