Facebookのこと

2012年5月27日日曜日

株式の公開、創業者の結婚、その後の株価の低迷など話題に事欠かないFacebookですが,私としては、Facebookで何をしたら良いのか、どんなメリットがあるのか判らず、名前だけ登録し、のぞきもしないという状態でした.先日、横浜元町のスタバでお知り合いになった方がFacebookをやっていらっしゃるという事だったので、のぞいてみると、結構、知り合いも多く,自分の「いいね」に対して、意外な方から「いいね」のご賛同を頂いたり、20年以上もあっていない後輩とFacebookを介して連絡が取れたりと、なかなか面白いものだなとだんだんハマりつつあります.でも、まだ、Facebookの仕組みの細かいところがが判っていないところもあり、試行錯誤をしています.ご興味のある方はFacebookを横塚仁で検索して私のウォールをご覧になっていただければ幸いです.

@蔵コンサート

2012年5月19日土曜日

2003年に年1回10回という事で始まった@蔵コンサートの最終回、10回目のコンサートが10年間続いた@蔵コンサートに行ってきました.@蔵コンサートは田沼の一瓶塚稲荷神社(お稲荷さん)の前にある、呉服店の伊勢屋さんの中庭で田沼出身の川俣さんをリーダーとするアンサンブル・テレプシコーレの皆さんの演奏を聞く会として始まりましたが、最近では尺八、ジャズ演奏、海外の演奏家なども加わり年々規模が大きくなってきました.演奏が終わった後は、美味しいコーヒー、商店街の奥様方の手作りの郷土料理が振る舞われ,私たち地元民にとっては子供時代から慣れ親しんだ味、東京の方、海外の方にとっては第二の故郷の味を堪能しつつ、恩師の方々、同級生などと旧交を温めたり、皆で飲んだり食べたりしながら盛り上がるという会でした.
今回で、予定の10回が終了という事で、最終回という事でしたが,今回で最後という思いのこもった演奏が繰り広げられ、これまでになく感動しました.
でも、せっかく出来たこのようなつながりをここで終わらせるのはもったいない事だと思います.是非,今度は違った形で継続できればいいなと思います.
これまで10年間、会場を提供し、中心となってイベントを取り仕切ってきた高沢尚子さん、仕事そっちのけで準備をして下さった田沼の商店街の奥様方、お骨折りいただいたスタッフの方々、本当にご苦労様でした.

恋はデジャブ

2011年10月30日日曜日

昨日テレビを何気なく付けたら流れていた映画です.1993年の作品で、邦題がとてもつまらなそうなのですが、主人公がある年の2月2日という1日を繰り返すハメに陥るという、いわゆるループものでしたので、以前に同じクループものの「リプレイ」という小説がとても面白かったこともあり、見続けてしまいました.見ているうちに予想を遥かに上回るいい映画であることが判り最後まで楽しく鑑賞しました.
 映画のメッセージを一言でまとめると、人生の繰り返す毎日を楽しくもつまらなくもするのは自分の心がけである、人間の幸せは自分一人の幸せの追求では得られず、自分の周囲の人々の幸せを追求する中にあるということだと思います.
 ネタバレになりますが、あらすじはwebから引用させて頂きます.( http://www.horuso.net/item/22 )
自己中心的で他人への思いやりのかけらもない, 天気予報官フィル・コナーズは, 取材に訪れた田舎町で, どういうわけか, まったく同じ日を何度も何度も繰り返すはめに陥ってしまう.
現実にはありえないファンタジー?いいや, どなたも似たような境遇の人をよく知っているはずだ.
そう, あなたも私も, 来る日も来る日も同じ場所で, 同じことの繰り返しでしかない退屈な毎日を生きている.
アメリカ映画のいいところは, わかる人だけわかればいいという態度をとらないこと. この映画もそうだ. どんな観客でも, この映画をただの絵空事ではなく, 自分の人生に突きつけられた問いとして受け取れるように, 「ひとつの場所から出られず, 毎日同じことの繰り返しならどうする?」と問いかけるフィルに「おれの人生だな」と呟く端役をきっちり用意している.
この映画は「あなたはいかに生きているのか」を鋭く問うてくる, おかしくも恐ろしい映画なのだが, 問いかけには終わらない. この退屈な繰り返しから脱出するにはどうしたらいいのかの答えまで示してくれる. もっとも, 答えはニーチェが示したものと言うべきかもしれないが.
フィルの長い一日
フィルは, 最初のうち, 元に戻るのだから何をやってもいいのだということで, 暴走, 暴食, 果ては泥棒と無軌道に過ごすが, やがて取材に同行しているプロデューサーのリタが好きだということに気づく. 繰り返しを利用して相手の好みを学習し, 部屋まで誘うことに成功するが, あわやというところで失敗. その後は何度繰り返しても, もっと手前で失敗してしまう. 絶望して何度も自殺を試みるが, もちろん同じ一日の中によみがえってしまう. 思いあまってすべてを告白したことから, これまでにないぐらいリタと親密になり, とうとうベッドで並んで眠ることに成功するが, また同じ朝が来て, リタはすべてを忘れてしまっている-
繰り返しから脱出できないことよりも, もっと悲しいのは…と呟いていたことが現実になったのに, なぜかフィルは生まれ変わっている. だれにでも親切になっただけでなく, 有り余る時間を有意義に使い始めるのだ. ラストのスピーチを聞く限り, かなり読書にもいそしんだらしいが, よく目につくのは氷の彫刻とピアノ演奏だ. どちらもクライマックスで上手に生かされている. 氷の彫刻はもっとも重要なシーンで使われているし, パーティでラフマニノフのパガニーニの主題による狂詩曲の第18変奏(ある日どこかでで印象的に使われていたロマンティックなメロディ) をジャズ風に弾くシーンも実によかった. ラフマニノフをあういう風に弾くと本当にぴったりでびっくり. それに, ピアノ演奏を習うきっかけがカフェで流れるモーツァルトのピアノソナタなのは, モーツァルティアンとしてにこにこさせられた.
だが, フィルが本当に生まれ変わったのは, 乞食のじいさんが死ぬのに出くわしてからなのだろう. おそらく何度も何度も助けようとするのだが, 運命を変えることはできない.
有限の生を生きるものたちの愛おしさ, 同じ時間と空間を共有していることの奇跡….
もちろんコメディ
とはいえ,この映画は重苦しく人生を語りはしない. まぎれもないコメディなのだ.
繰り返しから生まれるおかしさが随所にちりばめられているが, いちばん面白かったのは, フィルがリタの好みを学習して, 口説き方が少しずつ精緻になるくだり. 19世紀のフランス詩を専攻したというリタを, 最初は時間の無駄だと笑い飛ばしたのが, 次はフランス語で詩を暗唱してみせるところなど, にやにやしてしまう.
今日を楽しもう
さて,もちろん映画はハッピーエンド. フィルはリタを得て無限の繰り返しから脱出するのだが, 魔法の呪文は,フィルがリタに告げる, “No matter what happens tomorrow or for the rest of my life, I’m happy now.” だと思う.
今この瞬間をあるがままに愛すること.
こうまとめると,モチーフになっているのは,ニーチェの永遠回帰じゃなくて, ゲーテのファウストなのかなという気もしてくる.
いずれにせよ,とうとう繰り返しから脱出したフィルがリタに言う言葉, 「ぼくと一緒に今日を楽しもう」は泣かせる.
この映画を見終わったときの気持ちをずっと忘れないでいられたら, ぼくの人生もどんなに密度の濃いものになるだろう….


 自分もそのように毎日を過ごしていきたいと思います.
 ところで今朝テレビを付けると今話題のTPPへの参加の是非についてNHKの討論会で賛成派、反対派に分かれて議論がされていました.賛成,反対については様々な意見があると思いますのでちょっと置いておくこととして、気になったのはそれぞれの方の述べられていた意見が自分あるいはその背後の人たちにとっての利益を代表したものなのか、個人的な利益とは無関係の公共の利益を考えての意見なのかどうなのかということです.
 学術論文などである意見を述べる時、最近ではConflict of Interest(利益相反)が記載されるようになってきました.これは論文の著者は、自らの研究にバイアスをもたらすかもしれない、あらゆる経済的、個人的関係について開示しなければならないというものです.現実にテレビで利益相反を開示することは難しいと思いますが,このような議論を見聞きする側としては利益相反の有無の観点から論者の意見を判断する必要があると思います.
 ということで、今日はじぶんの幸せ,他人の幸せというお話でした.

できそこないの男たち

2011年10月1日土曜日

前回に引き続き、男性女性の話になりました.
この本の著者、福岡伸一氏は最近、テレビにも登場するようになり、ご覧になった方もあると思います.京都大学を卒業した分子生物学の研究者だそうですが,この方は理科系と思えないほど文章がお上手で、また、いろいろな方面の知識があり、文章下手な私としては本当に羨ましい限りです.
これまでも氏の「生物と無生物のあいだ」など面白く読ませて頂きましたが,今回読んだ「できそこないの男たち」(光文社新書 ISBN 978-4-334-03474-0)も本当に面白くどんどん読み進みすぐに読み終わってしまいました.
人間の細胞には44本の常染色体と2本の性染色体があり、性染色体がXYなら男性、XXなら女性になります。全部で46本の染色体の半分の22本+XあるいはYは父親から、もう半分の22本+Xは母親から受け継ぎます.
この本の結論としては、生物の基本仕様は女性であり、放っておけば授精した卵子は女性になる.しかし、Y染色体上のSRY遺伝子が働いた場合にのみ、男性になる.言ってみれば男性は女性を無理矢理作り替えたもので、カスタマイズにつきものの不整合や不具合がある.だから男は寿命が短く、病気にかかりやすく、精神的にも弱い。そもそも男性の役割は女性によって縦糸のように紡がれてきた女系の遺伝子を混合するための横糸であり、遺伝子の使い走りとしての用途であるということになります.
このような生物学的な話が本筋なのですが,SRY遺伝子発見における研究者の先陣争いのドラマ、あるいはハーバード大学のベルナルド・ナダル-ジナール教授夫妻のスキャンダルなどが盛り込まれているため、無味乾燥な話にならないところが福岡氏の本当にうまいところだと思います.
人類の歴史に置けるY遺伝子の系図の話、天皇継承問題に置けるY遺伝子の話、あるいはチンギスハーンのY遺伝子の話などもとても面白いと思います.

日本の女性は男性より素晴らしい!?

2011年7月24日日曜日

なでしこジャパンがついにワーフドカップで優勝しました.各選手の活躍、特に決勝戦での宮間選手のゴール、澤選手のゴール、PK戦のそれぞれのゴールに感動しました.震災、原発事故で沈んだ日本に希望を与えてくれる見事な活躍でした.
今回の優勝がどれだけすごいことかは、男子においてはワールドカップで予選リーグを勝ち抜くのがやっとで未だ決勝トーナメントで1勝もできていないことからもわかると思います.
特に、キャプテン澤穂希選手のアメリカとの決勝戦延長後半、残り3分で上げた同点ゴールは素晴らしかったです.残り時間わずか3分、1点ビハインド、当然アメリカはここを守りきれば優勝という、日本にとっては追い込まれた状況で、宮間選手のコーナーキックからここしかないというところに上がったボールを右足ヒールで見事にゴールに押し込みました.
このような状況でゴールを決められるということは、澤選手がこれまでどれだけの練習を積み重ねてきたのか、どれだけの試練をくぐり抜けてきたのか想像するに余りあることだと思います.
また、澤選手の2つの発言にも大変感動しました.一つは15歳で日本代表に選ばれた時に「日本の女子サッカーをメジャーにしたい」という言葉、もう一つはチームメイトに「苦しいときは自分の背中を見ろ」といった言葉です.前者については15歳にして自分がどうこうでなく日本女子サッカーの将来についての志を持つという志の高さに驚きます.後者についてはチームメイトに自分の姿を手本とするように自信を持って言えるということ、それを可能とするためにはこれまで練習なり、試合なりで自他ともに認める実績、努力の積み重ねが当然あるはずです.自分にはとてもそのようなことは言えません.
日本人は男よりも女の方が優れているのではないかと常々思っていました. 今回の優勝を見ても、 やはりそうなのかなと思います.サッカー以外の分野でも、世界の中で、男よりも女の方が活躍しているように思います.昨今、日本人の若者が中国、韓国など他のアジア人に比べ内向きで外に出て行かないということが言われていますが、どうもこのような日本人の内向き指向というのは「日本人の男」の持っている特性なのかも知れません.
今回の大震災、原発事故など日本の未曾有の危機と言われているのに、政治の世界ではそれ以前と同じ足の引っ張り合いばかりで、これまでの行きがかりを捨て、事態を前に進めるような特別の姿勢が見られません.これもおそらく「男の政治家」が国民の論理よりそれぞれの政党の論理を優先させる、内向きの姿勢に基づくものだと思います.
この日本の現状、政界、官界、財界の3者+マスコミぐるみの停滞を打ち破るためには10年間なら10年間、男の政治家、官僚、企業家、マスコミ関係者がすべて引っ込んで、女性にすべてを任せてみるというのも一つの方法ではないでしょうか.
これから原子力発電をどうするかということについても、現在までの政界、官界、財界の身内の論理を主体とした思考から住民、我が子を中心とした思考に切り替えることが日本の女性ならば可能なのではないかと思います.

鏑木清方、三遊亭圓朝と佐野、田沼

2011年6月26日日曜日

今回は、とてもローカルな話です.
岩波文庫に「明治の東京」という本があります.これは日本画家である鏑木清方が自分が若い頃の東京の町、風俗、さまざまな人間などを書いたもので、今では失われてしまった銀座や築地の当時の面影を生き生きと描いた随筆集です.

この中に「圓朝と野州の旅をした話」、「初旅」という二編があります.これは若き日の清方が落語中興の祖と言われる圓朝に付き従って明治28年に足利、佐野、田沼、栃木を旅をした時の思い出を書いたものです.田沼生まれ,田沼育ちの私としては、どんなことが書いてあるのか、思わず、引き込まれて読んでしまいました.
圓朝は「唐沢の夜桜」という落語の取材のために当地を訪れ(残念ながら今は残っていない話のようです)、佐野家にまつわる話らしく佐野家の菩提寺を訪れ,清方は圓朝の言いつけで、そこにある位牌の戒名、俗名を写したりしています.
この中で、三枡屋という店で昼食を食べ焼いた松茸を大皿にうずたかく出されたという話や、田沼の柳家という宿に泊まり、夕食の時に、昔、柳橋にいた芸者が東京から来た自分たちに懐かしそうに東京の噂話を聞きたがったというような話が出てきます.明治中頃の話ですので、三枡屋、柳家はもうないのだろうと思いましたが、念のために82歳になる私の母に聞いてみたところ、三枡屋、柳家ともに母の記憶に名前は残っており、特に柳家はどうも私の生家のごく近くであったらしいのです.しかし、私の母は葛生の方から嫁いできた関係もあり、地元の人ほどはよく分かりません.
もし、この辺の事情がお判りの方は是非、お教えを頂ければと思います.

村上春樹氏の原発批判スピーチ

2011年6月11日土曜日

村上春樹氏がスペインで与えられたカタルーニャ国際賞の受賞スピーチの中で今回の福島第一原発事故についての自身の考えを述べました.これに対しては様々な反応があるようです.
私は2009年2月24日のブログ「Peter Catのこと」の中で、村上春樹氏についての思い出、パレスチナ問題に対する言及に対する共感を書いたことがあります.
今回のスピーチも、マスコミが口をつぐんでいる「原発」に対して、はっきりと批判を述べ,また、それを許してきた自分を含めた日本人の責任にも触れておりますが、私は彼の勇気を賞賛し、最大限の共感を示すものです
まだお聞きでない方には、是非、このスピーチを聴いて頂ければと思います.

村上春樹氏「原発批判」演説ノーカット 動画

https://www.nicovideo.jp/watch/sm14714843

以下、全文です。

この前、僕がバルセロナを訪れたのは2年前の春のことでした。サイン会を開いた時にたくさんの人が集まってくれて、1時間半かけてもサインしきれない程でした。どうしてそんなに時間がかかったかというと、沢山の女性読者が僕にキスを求めたからです。

僕は世界中の色んな所でサイン会を開いてきましたが、女性読者にキスを求められたのはこのバルセロナだけです。それをひとつとってもバルセロナが素晴らしい都市であることがよく分かります。

この長い歴史と高い文化を持つ、美しい都市に戻ることができてとても幸福に思います。ただ、残念なことではありますが、今日はキスの話ではなく、もう少し深刻な話をしなくてはなりません。

ご存知のように去る3月11日午後2時46分日本の東北地方を巨大な地震が襲いました。地球の自転が僅かに早くなり、1日が100万分の1.8秒短くなるという規模の地震でした。

地震そのものの被害も甚大でしたが、その後に襲ってきた津波の爪痕は凄まじいものでした。場所によっては津波は39メートルの高さにまで達しました。39メートルといえば、普通のビルの10階まで駆け上っても助からないことになります。

海岸近くにいた人々は逃げ遅れ2万4000人に近い人がその犠牲となり、そのうちの9000人近くはまだ行方不明のままです。多くの人々がおそらく冷たい海の底に今も沈んでいるのでしょう。それを思うと、もし自分がそういう立場になっていたらと思うと、胸が締め付けられます。生き残った人々もその多くが家族や友人を失い、家や財産を失い、コミュニティーを失い生活の基盤を失いました。

根こそぎ消え失せてしまった町や村もいくつかあります。生きる希望をむしり取られてしまった人々も数多くいらっしゃいます。日本人であるということは、多くの自然災害と一緒に生きていくことを意味しているようです。

地震の巣の上で生活をする日本人

日本の国土の大部分は夏から秋にかけて台風の通り道となります。毎年必ず大きな被害が出て、多くの人命が失われます。それから、各地で活発な火山活動があります。日本には現在108の活動中の火山があります。

そして、もちろん地震があります。日本列島はアジア大陸の東の隅に4つの巨大なプレートに乗っかるような格好で危なっかしく位置しております。つまり、言わば地震の巣の上で生活を送っているようなものなのです。

台風がやってくる日にちや道筋はある程度分かりますが、地震は予測がつきません。ただひとつ分かっているのはこれがおしまいではなく、近い将来必ず大きい地震が襲って来るだろうとういうことです。

この20年か30年の間に東京周辺の地域をマグニチュード8クラスの巨大地震が襲うだろうと多くの学者が予測しています。それは1年後かもしれないし、明日の午後かもしれません。

にも関わらず、東京都内だけで1300万の人々が普通の日々の生活を今も送っています。人々は相変わらず満員電車に乗って通勤し、高層ビルで仕事をしています。今回の地震の後、東京の人口が減ったということは耳にしていません。どうしてかとあなたは尋ねるかもしれません。どうしてそんな恐ろしい場所でそれほど多くの人が当たり前のように生活していられるのか。

「無常観」という日本人の精神性

日本語には無情という言葉があります。この世に生まれたあらゆるものはやがて消滅し、全てはとどまる事なく形を変え続ける。永遠の安定とか不変、不滅のものなどどこにもないということです。

これは仏教からきた世界観ですが、この無情という考え方は宗教とは少し別の脈絡で日本人の精神性に強く焼き付けられ、古代からほとんど変わることなく引き継がれてきました。

全てはただ過ぎ去っていくという視点は言わばあきらめの世界観です。人が自然の流れに逆らっても無駄だということにもなります。しかし、日本人はそのようなあきらめの中にむしろ積極的に意義のあり方を見出してきました。

自然について言えば我々は春になると桜を、夏には蛍を、秋には紅葉を見られます。それも習慣的に、集団的に。言うなれば、そうすることがけじめであるかのようにそれらを熱心に鑑賞します。

桜の名所、蛍の名所、紅葉の名所はその季節になれば人々で混み合い、ホテルの予約を取るのも難しくなります。どうしてでしょう。桜も蛍も紅葉もほんの僅かな時間の内にその美しさを失ってしまうからです。

私たちはその一時の栄光を目撃するために遠くまで足を運びます。そして、それらがただ美しいばかりでなく、目の前で儚く散り、小さな光を失い、鮮やかな色を奪われていくのを確認し、そのことでむしろほっとするのです。

そのような精神性に自然災害が影響を及ぼしたかどうか僕には分かりません。しかし、私たちが次々に押し寄せる自然災害をある意味では仕方ないものとして受け止め、その被害を集団的に克服していくことで生き延びてきたことは確かなところです。あるいはその体験は私たちの美意識に影響を及ぼしたかもしれません。

僕が語りたい話

今回の大地震でほぼ全ての日本人は激しいショックを受けました。普段から地震に慣れているはずの我々でさえ、その被害の大きさに今尚たじろいでいます。無力感を抱き、国家の将来に不安さえ抱いています。

でも、結局のところ我々は精神を再編成し復興に向けて立ち上がっていくでしょう。それについて、僕はあまり心配してはいません。いつまでもショックにへたりこんでいるわけにはいかない。

壊れた家屋は立て直せますし、崩れた道路は補修できます。考えてみれば人類はこの地球という惑星に勝手に間借りしているわけです。「ここに住んでください」と地球に頼まれたわけではありません。

少しよれたからといって、誰に文句を言うこともできない。ここで今日僕が語りたいのは建物や道路とは違って簡単には修復できない物事についてです。

それは例えば倫理であり、規範です。それらは形をもつ物体ではありません。一旦損なわれてしまえば簡単に元通りにはできません。僕が語っているのは、具体的に言えば福島の原子力発電所のことです。

みなさんもおそらくご存知のように、福島で地震と津波の被害にあった6機の原子炉のうち、3機は復帰修復されないまま今も周辺に放射能を撒き散らしています。メルトダウンがあり、周りの土壌は汚染され、おそらくはかなりの濃度の放射能を含んだ排水が海に流されています。

風はそれを広範囲にばら撒きます。10万に及ぶ数の人々が原子力発電所の周辺地域から立ち退きを余儀なくされました。畑や牧場や工場や商店街や公園は無人のまま放棄されています。ペットや家畜も打ち捨てられています。

そこに住んでいた人々はひょっとしたらもう二度とその地に戻れないかもしれません。その被害は日本ばかりでなく、誠に申し訳ないのですが近隣諸国にも及ぶことになるかもしれません。

どうしてこのような悲惨な事態がもたらされたのか、その原因は明らかです。原子力発電所を建設した人々がこれほど大きな津波の到来を想定していなかったためです。かつて同じ規模の大津波がこの地方を襲ったことがあり、安全基準の見直しが求められていたのですが、電力会社はそれを真剣には取り上げなかった。

どうしてかと言うと、何百年に1度あるかないかという大津波のために大金を投資するのは営利企業の歓迎するところではなかったからです。また、原子力発電所の安全対策に対して厳しく管理するはずの政府も原子力政策を推し進めるためにその安全基準のレベルを下げていた節があります。

2度目の大きな核の被害

日本人は元々なぜか腹を立てない民族のようです。我慢することには長けているけれど、感情を爆発させることにはあまり得意じゃない。そういうところはバルセロナ市民の皆様とは少し違っているかもしれません。

しかし、今回ばかりはさすがの日本国民も真剣に腹を立てると思います。しかし、それと同時に私たちはそのような歪んだ構造の存在をこれまで許してきた、あるいは黙認してきた我々自身をも、糾弾しなくてはならないはずです。今回の事態は我々の倫理や規範そのものに深く関わる問題であるからです。

ご存知のように私たち日本人は歴史上唯一、核爆弾を投下された経験を持つ国民です。1945年8月に広島と長崎という2つの都市がアメリカ軍の爆撃機によって原爆を投下され、20万を越える人命が失われました。

そして、生き残った人の多くがその後、放射能被爆の症状に苦しみながら時間をかけて亡くなっていきました。核爆弾がどれほど破壊的なものであり放射能がこの世界に人間の身にどれほど深い傷跡を残すものか、私たちはそれらの人々の犠牲の上に学んだのです。

広島にある原爆死没者慰霊碑にはこのような言葉が刻まれています。「安らかに眠ってください。過ちは繰り返しませんから」素晴らしい言葉です。私たちは被害者であると同時に加害者でもあることをそれは意味しています。

核という圧倒的な力の前では私たちは全員被害者ですし、その力を引き出したという点においては、また、その力の行使を防げなかったという点においては私たちはすべて加害者でもあります。

今回の福島の原子力発電所の事故は我々日本人が歴史上体験する2度目の大きな核の被害です。しかし、今回は誰かに爆弾を落とされたわけではありません。私たち日本人自身がお膳立てをし、自らの手で過ちを犯し、自らの国土を汚し、自らの手で生活を破壊しているのです。

核に対する拒否感を消した「効率主義」

どうしてそんなことになったのでしょう。戦後長い間、私たち日本人が抱き続けてきた核に対する拒否感はいったいどこに消えてしまったのでしょう。私たちが一貫して求めてきた平和で豊かな世界は何によって損なわれ、歪められてしまったのでしょう。

答えは簡単です。効率です。エフィシエンシー(efficiency)です。原子炉は効率の良い発電システムであると電力会社は主張します。つまり、利益が上がるシステムであるわけです。

また、日本政府は特にオイルショック以降、原油供給の安定性に疑問を抱き、原子力発電を国の政策として押し進めてきました。電力会社は膨大な金を宣伝費としてばら撒き、メディアを買収し、原子力発電はどこまでも安全だという幻想を国民に植え付けてきました。

そして、気がついたときには日本の発電量の約30%が原子力発電によってまかなわれるようになっていました。国民がよく知らないうちに、この地震の多い狭く混み合った日本が世界で3番目に原子炉の多い国になっていたのです。

まず、既成事実が作られました。原子力発電に反感を抱く人々に対しては「じゃあ、あなたは電気が足りなくなってもいいのですね。夏場にエアコンが使えなくてもいいのですね。」という脅しが向けられます。

原爆に否定を呈する人々に対しては「非現実的な夢想家」というレッテルが貼られていきます。そのようにして私たちはここにいます。安全で効率的であったはずの原子炉が今や地獄の蓋を開けたような惨事を呈しています。

原子力発電を推進する人々の主張した現実を見なさいという現実とは、実は現実でもなんでもなく、ただの表面的な便宜に過ぎなかったのです。それを彼らは現実という言葉に置き換え、便宜をすり替えていたのです。

それは日本が長年にわたって誇ってきた技術力神話の崩壊であると同時にそのようなすり替えを許してきた私たち日本人の倫理と規範の敗北でもありました。

我々は「ノー」を叫び続けるべきだった

「安らかに眠ってください。過ちは繰り返しませんから」私たちはもう1度この言葉を心に刻み込まなくてはなりません。

ロバート・オッペンハイマー博士は第二次世界大戦中、原爆開発の中心となった人ですが、彼は原子爆弾が広島と長崎に与えた惨状を知り、大きなショックを受けました。そして、トルーマン大統領に向かってこう言ったそうです。

「大統領、私の両手は血にまみれています」トルーマン大統領はきれいに折りたたまれた白いハンカチをポケットから取り出し言いました。「これで拭きたまえ」しかし、言うまでもないことですが、それだけの血を拭えるような清潔なハンカチ等この世界のどこを探してもありません。

私たち日本人は核に対する「ノー」を叫び続けるべきだった。それが僕の個人的な意見です。私たちは技術力を総動員し、叡智を結集し、社会資本をつぎ込み、原子力発電に変わる有効なエネルギー開発を国家レベルで追求するべきだったのです。

それは、広島と長崎で亡くなった多くの犠牲者に対する私たちの教え子的責任の取り方となったはずです。それはまた我々日本人が世界に真に貢献できる大きな機会となったはずです。

全員が共有できる「新しい物語」が必要ではないか

急速な経済発展の途上で効率という安易な基準に流され、その大事な道筋を私たちは見失ってしまいました。壊れた道路やビルを立て直すのはそれを専門としている人々の仕事となります。しかし、損なわれた倫理や規範の再生を試みたときそれは私たち全員の仕事になります。それは素朴で黙々とした忍耐力を必要とする作業になるはずです。

晴れた日の朝、揃って畑に出て土地を耕し、種をまくようにみんなが力を合わせてその作業を進めなくてはなりません。その大掛かりな集合作業には言葉を専門とする我々職業的作家たちが進んで関われる部分があるはずです。

我々は新しい倫理や規範と新しい言葉を連結させなくてはなりません。そして、いきいきとした新しい物語をそこに芽生えさせ、立ち上げていかなくてはなりません。

それは私たち全員が共有できる物語であるはずです。それは畑の種まき歌のように人を励ます律動を持つ物語であるはずです。

小説家にとって大切なのは人々と夢を分かち合うこと

最初にも述べましたように私たちは無情という移ろいゆく儚い世界に生きています。大きな自然の力の前では、人は時として無力です。そのような儚さの認識は日本文化の基本的イデアのひとつとなっております。

しかし、それと同時にそのような危機に満ちた脆い世界にありながらそれでも尚、いきいきと生き続けることへの静かな決意、そういった前向きの精神性も私たちには備わっているはずです。

僕の作品がカタルーニャの人々に評価され、このような立派な賞を頂けることは僕にとって大きな誇りです。私たちは住んでいる場所も離れていますし、話す言葉も違います。拠って立つ文化も異なっています。

しかし、私たちは同じような問題を背負い、同じような喜びや悲しみを抱く同じ世界市民同士でもあります。だからこそ、日本人の作家が書いた物語が何冊もカタルーニャ語に翻訳され人々の手に取られるということも起こります。

僕はそのように同じひとつの物語を皆さんと分かり合えることをとても嬉しく思います。夢を見ることは小説家の仕事です。しかし、小説家にとってより大事な仕事はその夢を人々と分かち合うことです。そのような分かち合いの感覚なしに小説家であることはできません。

「非現実的な夢想家」になることを恐れてはいけない

カタルーニャの人々がこれまでの長い歴史の中で多くの苦難を乗り越え、ある時期には過酷な目に逢いながらも力強く生き続け、独自の言語と文化を守ってきたことを僕は知っています。

私たちの間には分かち合えることがきっと数多くあるはずです。日本でこのカタルーニャで私たちが等しく非現実的な夢想家となることができたら、そしてこの世界に共通した新しい価値観を打ち立てていくことができたらどんなに素晴らしいだろうと思います。

それこそが近年、様々な深刻な災害や悲惨極まりないテロを痛感してきた我々のヒューマニティーの再生への出発点になるのではないかと僕は考えます。私たちは夢を見ることを忘れてはいません。理想を抱くことを恐れてもなりません。

そして私たちの足取りを便宜や効率といった名前を持つ最悪な犬たちに追いつかせてはなりません。私たちは力強い足取りで前に進んでいく非現実的な夢想家になるのです。

最後になりますが、今回の賞金は地震の被害と原子力発電所の事故の被害にあった人々に義援金として寄付させて頂きたいと思います。そのような機会を与えてくださったカタルーニャの人々と、ジャナラリター・デ・カタルーニャの皆さんに深く感謝します。

そしてまた、先日のルルカの地震で犠牲になった人々にひとりの日本人として深い哀悼の意を表したいと思います。

小出裕章氏について

2011年5月17日火曜日

今回のブログでは小出裕章氏について書きたいと思います.小出裕章氏は私が思うには現在最も信頼できる原子力工学の研究者です.
私は、恥ずかしながら、今回の原発事故がおこるまで、原子力発電について深く考えることもなく、小出氏を全く知りませんでした.(実は佐野高校の時代に社会科の授業で原子力発電は是か非かそれぞれの立場で書かれた本を読んで、それぞれの意見をレポートで提出するという機会がありました.その時点では反原発の本と、読売新聞社編の原発推進派の2冊を読み、自分的にはやはり原発が絶対に安全ということはないという結論に至ったレポートを書きましたが,その後、そのことをすっかり忘れてしまっていました.)
原発事故が起こってから、実際に現場はどうなっているのか、これから事故がどのような経過をとることが予測されるのかインターネットで情報を探している中で、小出裕章氏の解説動画と出会いました。

この動画を見て、小出氏のとても真摯で、真っ当なことを淡々と語られる姿に大変感銘を受けました.実は、小出氏は「知る人ぞ知る」大変有名な方で、現在、インターネット上あるいは講演会では大変注目を浴びているわけですが,その一方でテレビ、新聞などのマスメディアでは完全に無視されています.彼自身、京都大学で37年間助教という身分です(いわゆる万年助手).
このような現実を見るにつけ、現在の社会において、何らかの見えない力によりマスコミ、企業、学者、なんとタレントまでが強い締め付け、コントロールを受けており,日本の「民主主義」というものが確かに「民主主義」ではあるけれども、実は見えない力により情報の選択が行われ、そういった情報に基づいた「民主主義」になっており、全ての情報を批判的に吟味した上での正しい選択が必ずしも行われていない状態であると思います.
是非、皆さんも一度小出氏関連の多くの動画、サイトをご覧になって頂きたいと思います.
最近では、小出氏を初めとする反原発の立場の人たちだけでなく、原子力推進派と呼ばれる人たちも次々に懺悔をしています.

http://www.j-cast.com/2011/04/16093099.html

しかし、このような懺悔はマスコミではほとんど取り上げられておりません.
このような現実を見るにつけ、現在の社会において、何らかの見えない力によりマスコミ、企業、学者、なんとタレントまでが強い締め付け、コントロールを受けており,日本の「民主主義」というものが確かに「民主主義」ではあるけれども、実は見えない力により情報の選択が行われ、そういった情報に基づいた「民主主義」になっており、全ての情報を批判的に吟味した上での正しい選択が必ずしも行われていない状態であると思います.
是非、皆さんも一度小出氏関連の多くの動画、サイトをご覧になって頂きたいと思います.

http://blog.livedoor.jp/amenohimoharenohimo/archives/65720917.html

http://hiroakikoide.wordpress.com/

http://critic5.exblog.jp/15195482/

浜岡原子力発電所の停止

2011年5月7日土曜日

前回の更新の後、5月6日、菅首相が中部電力に対し、浜岡原発の停止を要請しました.この要請に対して、夏の電力はどうするのか対策がはっきりしていないなどの批判の声もあります.しかし、ひとたび事故が起こればどのようになるのかは今回の福島第一原発の例で明らかです.今回の事故で福島の方々が生活の基盤をある日突然、根こそぎ奪い取られた悲惨な状況に比べれば、中部電力の最大電力供給能力が10%の低下するということは仮に多少の電力不足が起こるとしても比較にならない軽いことだと思います.
更には、中部電力が原子力発電を停止しても十分に最大需要を賄えるという中部電力自身のデータがあります.にもかかわらず、テレビ、新聞などのマスコミがこのような議論はする真意は何処にあるのか不思議でなりません.(http://www.isep.or.jp/images/press/110509ISEPpress-Hamaoka.pdf
従来、原子力は電力あたりのコストが安いということが推進の一つの理由でした.今回の、福島第一原発の事故のために生じる莫大な費用を考慮してもなお、原子力発電がコスト的に有利ということを言い続けるのでしょうか.

福島第一原発事故について思うこと

2011年5月1日日曜日

久しぶりのブログの更新になります.
この間、3月11日の東日本大震災がありました.被災された方々には本当にお気の毒なことだと思い、また、復興に携わる皆様の懸命の姿に感動しております.
今回の震災の事態のあまりの重大さにつけ、何かを書くことが自分の底の浅さを露呈するのではないかと思い、今日まで更新できませんでした.でも、今、とてもおかしいと思うことがあり、本日更新することにしました.
震災以来、いろいろのメディアでいろいろな人がいろいろな意見、賞讃、批判などを述べています.主には現在の政府、東京電力の対応、情報公開、復興への道筋、被災した方達、支援する方達の行動について等だと思います.それらについては、それぞれなるほどと思わせられるものがあります.
しかし、なぜか特にマスメディアではあまり語られていないことがあると思います.それは、ひとことでいえば過去の原子力行政についてです.なぜ各電力会社が原子力発電に力を入れてきたのか、安全対策は誰が策定し、どうして、従来の安全対策で十分とされたのか、そのような検証作業が全くなされていないと思います。
日本人は、現在目の前のことについて、あるいは表面のことについて、ああだこうだいうことはしますが,その根本の原因について深く考える、あるいは、過去にしてきたことのどこが間違っていたのかを考えるということが苦手なのでしょうか。あるいは、そうすることがマスメディアにとっては都合の悪いことになるからでしょうか.
イギリスではイラク戦争の参戦の是非、決定過程について、イラク戦争委員会を設け、当時のブレア首相まで呼び寄せて、間違いはなかったのか徹底的に検証して、将来の政策決定の際に再び間違いを繰り返さないという強い決意のもとにすべてを白日の下にさらしています.
日本もこのような姿勢に学んで、過去の原子力行政についての調査委員会を作り、徹底的な検証作業が必要だと思います.