恋はデジャブ

2011年10月30日日曜日

昨日テレビを何気なく付けたら流れていた映画です.1993年の作品で、邦題がとてもつまらなそうなのですが、主人公がある年の2月2日という1日を繰り返すハメに陥るという、いわゆるループものでしたので、以前に同じクループものの「リプレイ」という小説がとても面白かったこともあり、見続けてしまいました.見ているうちに予想を遥かに上回るいい映画であることが判り最後まで楽しく鑑賞しました.
 映画のメッセージを一言でまとめると、人生の繰り返す毎日を楽しくもつまらなくもするのは自分の心がけである、人間の幸せは自分一人の幸せの追求では得られず、自分の周囲の人々の幸せを追求する中にあるということだと思います.
 ネタバレになりますが、あらすじはwebから引用させて頂きます.( http://www.horuso.net/item/22 )
自己中心的で他人への思いやりのかけらもない, 天気予報官フィル・コナーズは, 取材に訪れた田舎町で, どういうわけか, まったく同じ日を何度も何度も繰り返すはめに陥ってしまう.
現実にはありえないファンタジー?いいや, どなたも似たような境遇の人をよく知っているはずだ.
そう, あなたも私も, 来る日も来る日も同じ場所で, 同じことの繰り返しでしかない退屈な毎日を生きている.
アメリカ映画のいいところは, わかる人だけわかればいいという態度をとらないこと. この映画もそうだ. どんな観客でも, この映画をただの絵空事ではなく, 自分の人生に突きつけられた問いとして受け取れるように, 「ひとつの場所から出られず, 毎日同じことの繰り返しならどうする?」と問いかけるフィルに「おれの人生だな」と呟く端役をきっちり用意している.
この映画は「あなたはいかに生きているのか」を鋭く問うてくる, おかしくも恐ろしい映画なのだが, 問いかけには終わらない. この退屈な繰り返しから脱出するにはどうしたらいいのかの答えまで示してくれる. もっとも, 答えはニーチェが示したものと言うべきかもしれないが.
フィルの長い一日
フィルは, 最初のうち, 元に戻るのだから何をやってもいいのだということで, 暴走, 暴食, 果ては泥棒と無軌道に過ごすが, やがて取材に同行しているプロデューサーのリタが好きだということに気づく. 繰り返しを利用して相手の好みを学習し, 部屋まで誘うことに成功するが, あわやというところで失敗. その後は何度繰り返しても, もっと手前で失敗してしまう. 絶望して何度も自殺を試みるが, もちろん同じ一日の中によみがえってしまう. 思いあまってすべてを告白したことから, これまでにないぐらいリタと親密になり, とうとうベッドで並んで眠ることに成功するが, また同じ朝が来て, リタはすべてを忘れてしまっている-
繰り返しから脱出できないことよりも, もっと悲しいのは…と呟いていたことが現実になったのに, なぜかフィルは生まれ変わっている. だれにでも親切になっただけでなく, 有り余る時間を有意義に使い始めるのだ. ラストのスピーチを聞く限り, かなり読書にもいそしんだらしいが, よく目につくのは氷の彫刻とピアノ演奏だ. どちらもクライマックスで上手に生かされている. 氷の彫刻はもっとも重要なシーンで使われているし, パーティでラフマニノフのパガニーニの主題による狂詩曲の第18変奏(ある日どこかでで印象的に使われていたロマンティックなメロディ) をジャズ風に弾くシーンも実によかった. ラフマニノフをあういう風に弾くと本当にぴったりでびっくり. それに, ピアノ演奏を習うきっかけがカフェで流れるモーツァルトのピアノソナタなのは, モーツァルティアンとしてにこにこさせられた.
だが, フィルが本当に生まれ変わったのは, 乞食のじいさんが死ぬのに出くわしてからなのだろう. おそらく何度も何度も助けようとするのだが, 運命を変えることはできない.
有限の生を生きるものたちの愛おしさ, 同じ時間と空間を共有していることの奇跡….
もちろんコメディ
とはいえ,この映画は重苦しく人生を語りはしない. まぎれもないコメディなのだ.
繰り返しから生まれるおかしさが随所にちりばめられているが, いちばん面白かったのは, フィルがリタの好みを学習して, 口説き方が少しずつ精緻になるくだり. 19世紀のフランス詩を専攻したというリタを, 最初は時間の無駄だと笑い飛ばしたのが, 次はフランス語で詩を暗唱してみせるところなど, にやにやしてしまう.
今日を楽しもう
さて,もちろん映画はハッピーエンド. フィルはリタを得て無限の繰り返しから脱出するのだが, 魔法の呪文は,フィルがリタに告げる, “No matter what happens tomorrow or for the rest of my life, I’m happy now.” だと思う.
今この瞬間をあるがままに愛すること.
こうまとめると,モチーフになっているのは,ニーチェの永遠回帰じゃなくて, ゲーテのファウストなのかなという気もしてくる.
いずれにせよ,とうとう繰り返しから脱出したフィルがリタに言う言葉, 「ぼくと一緒に今日を楽しもう」は泣かせる.
この映画を見終わったときの気持ちをずっと忘れないでいられたら, ぼくの人生もどんなに密度の濃いものになるだろう….


 自分もそのように毎日を過ごしていきたいと思います.
 ところで今朝テレビを付けると今話題のTPPへの参加の是非についてNHKの討論会で賛成派、反対派に分かれて議論がされていました.賛成,反対については様々な意見があると思いますのでちょっと置いておくこととして、気になったのはそれぞれの方の述べられていた意見が自分あるいはその背後の人たちにとっての利益を代表したものなのか、個人的な利益とは無関係の公共の利益を考えての意見なのかどうなのかということです.
 学術論文などである意見を述べる時、最近ではConflict of Interest(利益相反)が記載されるようになってきました.これは論文の著者は、自らの研究にバイアスをもたらすかもしれない、あらゆる経済的、個人的関係について開示しなければならないというものです.現実にテレビで利益相反を開示することは難しいと思いますが,このような議論を見聞きする側としては利益相反の有無の観点から論者の意見を判断する必要があると思います.
 ということで、今日はじぶんの幸せ,他人の幸せというお話でした.

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